らの荷物を置きばなしにして冬を越すことがあっても、なくなる気づかいはない――大菩薩峠は甲斐と武蔵の事実上の国境であります。
右の両人は、この近まわりに盗賊のはやることを話し合っていたが、結局、
「どろぼうが怖《こわ》いのは物持《ものもち》の衆《しゅう》のことよ、こちとらが家はどろぼうの方で怖《おそ》れて逃げるわ」
ということに落ちて、笑って立とうとする時に、峠の道の武州路《ぶしゅうじ》の方から青葉の茂みをわけて登り来る人影《ひとかげ》があります。
「あ、人が来る、お武家様みたようだ」
二人は少しあわて気味で、炭俵や糸革袋《いとかわぶくろ》が結びつけられた背負梯子《しょいばしご》へ両手を突っ込んで、いま登り来るという武家の眼をのがれるもののように、社《やしろ》の裏路を黄金沢《こがねざわ》の方へ切れてしまいます。
二
ほどなく武州路の方からここへ登って来たのは、彼等両人が認めた通り、ひとりの武士《さむらい》でありました。黒の着流しで、定紋《じょうもん》は放《はな》れ駒《ごま》、博多《はかた》の帯を締めて、朱微塵《しゅみじん》、海老鞘《えびざや》の刀|脇差《わきざ
前へ
次へ
全146ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング