《さいくん》か、さいぜん妹だというたではないか」
「いいえ、お妹御ではございませぬ、まだ内縁でございまして甲州の八幡《やわた》村からついこの間お越しのお方、発明で、美人で、お里がお金持で評判もの、私は、八幡におりました時分から、篤《とく》とお見かけ申しました」
「文之丞の細君が何故に妹と名乗って当家の若先生を訪ねて来たか、それが解《げ》せぬ」
「あ、若先生のお帰り」
無駄口がパタリとやんで、見れば門をサッサッと歩み入る人は、思いきや、一昨日、大菩薩の上で巡礼を斬った武士――しかも、なり[#「なり」に傍点]もふり[#「ふり」に傍点]もその時のままで。
五
竜之助の前には、宇津木の妹という、島田に振袖《ふりそで》を着て、緋縮緬《ひぢりめん》の間着《あいぎ》、鶸色繻子《ひわいろじゅす》の帯、引締まった着こなしで、年は十八九の、やや才気ばしった美人が、しおらしげに坐っています。
「お浜どのとやら、御用の筋《すじ》は?」
竜之助の問いかけたのを待って、
「今日、兄を差置き折入ってお願いに上りましたは」
歳にはませた口上《こうじょう》ぶりで、
「ほかでもござりませぬ、
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