は千人からあって、腕前は甲源一刀流の第一で、どうしてこうしてと、それが何のざま、さんざん腹を立てても、やっぱり帰するところは我が夫の意気地のないということに帰着して、どうしても夫をさげすむ心が起ってきます。夫をさげすむと、どうしてもまた憎いものの竜之助の男ぶりが上ってきます。妻として夫を侮《あなど》る心の起ったほど不幸なことはない。
もしも自分が強い方の人であったならば、どのくらい気強く、肩身も広かろう。武術の勝負と女の操。竜之助のかけた謎《なぞ》が頑《がん》として今も耳の端で鳴りはためくのです。
邸で会った竜之助と、水車小屋の竜之助。その水車小屋では、穀物をはかる斗桶《とおけ》に腰をかけていた竜之助。神棚の上には蜘蛛《くも》の巣に糠《ぬか》のくっついた間からお燈明《とうみょう》がボンヤリ光っていた、気がついた時は自分は縛られていた、上からじっと見据《みす》えた竜之助。
冷やかな面《かお》の色、白い光の眼、人の苦しむのを見て心地《ここち》よさそうに、
「試合の勝負と女の操」
と言って板の間を踏み鳴らした。
それから、その時の竜之助の姿が眼の前にちらついて、憎い憎い念《おもい》が、いつしか色が変って妙なものになり行くのです。
「お山の太鼓が朝風に響く時までにこの謎を解けよ」
という一言。それを思い出すごとにお浜の胸の中で早鐘《はやがね》が鳴ります。
その夜、竜之助は己《おの》が室に夜《よ》更《ふ》くるまで黙然《もくねん》として、腕を胸に組んで身動きもせずに坐り込んでいます。
人を斬ろうとして斬り損じたこと、秘蔵の藤四郎を盗まれたこと、そのほかに、考えても考えても、わけのわからぬものが一つあるのです。与八をそそのかして、宇津木のお浜を縄《なわ》にまでかけて引捕《ひっとら》えさしたのは何のためであろう。お浜が邸を出るまでは、そんな考えはなかったが、女が門を出てから、どうしてもこの女をただ帰せないという考えが勃然《ぼつねん》として起ったので――竜之助の心には石よりも頑固《がんこ》なところと、理窟も筋道も通り越した直情径行《ちょくじょうけいこう》のところと、この二つがあって、その時もまた、初めは理を説《と》いて説き伏せたところが、あとはまるで形《かた》なしのことをやり出した。
それでやはり女のことを考えてみています。
九
机の家に盗難のあ
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