「うむ――」
 芹沢も近藤も一座も僅かに頷《うなず》いて土方を見る。
「これより見え隠れに二人が駕籠の跡を追い、高橋が乗物の離れたる折を見て清川を血祭りにする、もしその折を得ずば二人もろとも」
「よし、それも一策じゃ、しからばこの仕事の采配《さいはい》を土方氏、貴殿に願おうか」
 芹沢にいわれて土方歳三は言下《げんか》に引受け、
「承知致した、貴殿ならびに近藤氏はこれに待ち給え、仕留《しと》めて参る」
「総勢十三人、よいか」
「よし」
 このとき近藤勇は、ふと一座の一隅《いちぐう》を振返って、
「吉田、吉田氏」
 少し酔うてさきほどから眠っていたらしい一人を呼びかけて、押しゆすると、むっくり起きてまばゆき眼を見開いたのは机竜之助でした。
 机竜之助は近藤、土方らとは同国のよしみで、しばらく新徴組に姿を隠しております。呼び醒《さま》されて、
「眠り過ごした」
 刀を取って一座の方へ進み寄ると、土方歳三が、
「吉田氏、いずれもかくの通り用意が整うた」
「ほう、拙者も仕度《したく》を致そう」
 竜之助は、身ごしらえ、足ごしらえ、黒い頭巾《ずきん》を取って被《かぶ》ろうとしながら、
「相手は清川一人か」
「さいぜんも申す通り、別に苦手《にがて》が一人」
「苦手とは?」
「槍の高橋伊勢守が同行」
「さらば二人もろとも殺《や》るか」
「いや、めざすは清川一人なれども、罷《まか》り違《ちが》えば高橋もろとも」
「うむ」
 竜之助は土方の面《かお》と岡田の面とを等分に見比《みくら》べながら、
「もし高橋を相手に取る時のその手筈《てはず》は?」
「拙者はおのおのと直《ただ》ちに清川に向い申さん、高橋|邪魔立《じゃまだ》て致さば吉田氏、貴殿と岡田氏とにて」
「心得た」
 土方は手勢《てぜい》をまとめて清川に向い、まんいち高橋その他の邪魔立てもあらば、机竜之助と岡田弥市とがこれに当るという手筈《てはず》をここにきめました。

 新徴組は野武士の集団である。野《や》にあって腕のムズ痒《がゆ》さに堪えぬ者共《ものども》を幕府が召し集めて、最も好むところの腕立てに任せる役目ですから、毒を以て毒を制すると謂《いい》つべきものです。
 近藤勇は野猪《やちょ》のような男である。感情に走りやすく、意気に殉《じゅん》じやすい代りに、事がわかれば敵も味方もなくカラリと霽《は》れる、その剣の荒いこと無類
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