は風聞には聞いていたけれども自分は敢《あえ》て立ち入ってそれを慰問するほどのことはないと思い、神田君もまた我輩のところへ窮を訴えて来るようなことは少しもなかったけれども、風聞によると容易ならぬ危険状態であると知ったものだから、そこで春秋社の経営とは別個に大菩薩峠刊行会なるものを起し、両人協同の内容で一年半ばかり進行して行ったがそのうちに小生はどうしても、これは協同ではいけない、自分一個の手に収めることでなければ折角集中した著作物が散々の犠牲になるということを見て取らざるを得なくなったものだから、そこで神田君の手から一切の権利を買収して専《もっぱ》ら自家の手にまとめるの方法をとった、これは実に小生としては予期しないことであり、これが為に余の受けた煩労と出費は多大のものであったけれども、兎も角弟に出資して全部の権利を神田側の手から買い取ってしまったのである、斯うして置かなければ前途の危険測るべからずと見て取ったからである、然しそうはしたものの最後の瞬間までも小生としてはこれは今は春秋社と切っても切れぬ関係にある神田氏の手に於てはいけないけれど、すべて明白にこちらで引受けてしまった後に春秋社
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