み出した時は、本郷元町あたりの紙型鉛版屋を探し出して少し取らせはじめて見たのであるが、何をいうにも一人で組んで一人で刷って一人でほごす仕事であるから能率の上らないこと夥《おびただ》しい、折角、勢い込んで自転車で毎日取り集めに来る紙型屋も手を空しゅうして帰ることが多いのでとうとう商売にならぬと諦めて引き下ってしまった、尤《もっと》もこの紙型鉛版屋もその時、大菩薩峠のことは知っていたと見えて、
「あゝ、この本は売れますぜ、ですが先生のような方が貴重な時間を割いて斯ういうことをなさるのは随分御損ではありませんか」
と云ったのを覚えている。
とにかくそういうようなわけで紙型屋を失望せしめる能率であるから遂に紙型なしで一冊をやり上げてしまって、それから第二冊目の「鈴鹿山の巻」に取りかかったのである。
この巻は前の巻よりも紙数は少なかったが、兎に角同様にして一切合切手塩にかけてやり通した事は前と変りがない。
しかし、もうそれ以上は労力が許さなくなった、そこで第三冊「壬生《みぶ》と島原の巻」からは自由活版所の岡君のところへ持ち込んだのである、そうして初めて本職の手に移し形式は前と同じことに和
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