た、でも絶えず私の頭の中に往来するのをどうする事も出来ずに歯を喰ひしばつて我慢をして来ましたが、今年は私共新国劇も愈々満十周年を数へますので、いさゝか其紀[#「紀」に「(ママ)」の注記]念を致したいのでございます。
で其紀念興行(六月)を催すに何よりも吐[#「吐」に「(ママ)」の注記]胸を突いて来るものはお作大菩薩峠の事でございます。
私は過去の一切に就いてお心にそまなかつた事を更めて陳謝いたします。
どうぞ私共の苦闘十年にめでゝお作上演をお許容下さいまし。
只管《ひたすら》に願上ます。
これまでの行がかり上いろ/\な方面への責任等は総べてを私が背負ひまして御迷惑はかけますまひ、一度拝眉心からお願したいと存じて居ります。[#地から1字上げ]頓首
  三月十一日早朝
[#地から3字上げ]沢田正二郎
[#ここで字下げ終わり]

 この手紙の表書きには本所区向島須崎町八九番地とあって日附は三月十一日になっているが、年号はちょっとわからない、兎に角我輩が早稲田鶴巻町にいる時分使に持たせてよこしたので郵便ではなかったからスタンプもない、これを今T君に筆記をして貰っている今日、即ち昭和九年の六月十
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