いということに憧《こが》れて憧れ死にをしたような心中は、真に惜しいことであるが、この一枚の隔たりがとうとう彼には見破られないで亡くなったのだ。
その当時彼に対して面会を避けたり要求懇請を突っぱねたりつれない挙動のみを見せた我輩に対し負けず嫌いの彼がどの位内心悲憤していたかということも想像出来るし、その悲憤に対して何も知らぬファンが一にも二にも彼に同情するの余り、我輩を悪《あし》ざまにした、我輩の蒙《こうむ》った不愉快も少々なものではなかった、当時、彼から来た手紙なども見ないで放っぽり出していたのだが、近頃或事件の必要から古い手紙類を整理したところ、一通の封の切らないやつが出て来た、今日これを書く機会に封を切って見よう。
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冠省
御無沙汰に打過ぎて居りまするがお変なき事と大慶に存じます。
扨て
いろ/\御無理を申して御煩せしてからもう三年に近くなります、小生が御音信をしたり、御訪ねをすると屹度《きつと》大人のお煩ひになることを恐れますが、でも小生の止むに止まれぬ願を更めてお胸にお止め下さいまし、あれからとても諦めねばならぬ事と押へ忘れ様とつとめて長い月日が立ちまし
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