我輩は斯《こ》ういう次第で高田実信者であり(年少客気のみならず今日でもあれほどの俳優は無いと信じている)、その俳優にまた駈け出しの一青年である我輩の作物が演って貰えるということは本懐の至りでもあり光栄の至りとでも云わなければならなかったのだ、伊原君は偶然口利きになったけれども高田がどうして我輩の作物にそれほど興味を持っていたのか分らないようであった、また伊原君という人はなかなか利口な常識的な人だから高田のような天才肌の芸風よりは伊井のような人気のあるものを推賞していたようだった、本来座興的にそんな話はあってもものにはなるまいと誰も彼も見ていたのに、高田の殊の外の乗気にずんずん話が進むのに驚異の念を持っていたようだ、然し我輩に云わせると見ず知らずの一介の青年たる我輩の作に当時劇界を二分して新派の王者の地位にいた高田実が異常の注目を払っていたというのは必ずしも偶然とは思われない理由がある、それは高田崇拝の余り余輩は二三の雑誌にその感想を投書して載せられたことがある、それ等が高田の眼に触れて好感を呼びさまされていた素地があった所以《ゆえん》だと思う、そこで話が大いに進んでとうとうこれを通し狂
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