の山田久州男という女形であって、河井と喜多村はその頃は上方へでも行っていたか出ていなかった、赤樫満枝を女団十郎と称ばれた粂八《くめはち》が新派へ加入して守住月華といってつとめていた、我輩が高田を発見したのは貫一が恋を呪《のろ》うて遂に高利貸となって社会から指弾され旧友に殴打されようとしてすさまじい反抗に生きている処へフラリと旧友のr尾譲介がやって来て声涙共に下りながら旧友、間貫一《はざまかんいち》を面罵するところから始まったのだ、我輩は無条件に無意識にこの役とこの俳優にグングン惹《ひ》き入れられてしまった、それから次に、芝の山内でお宮の車に曳かれやがてそのお宮を捕えて変節を責める処に至って全く最高潮に達してしまった、余は実にそれまでこんな強い感銘を受けた俳優と場面を見たことがない、その後も今日まで見たことはないと云ってよろしい、高田実の荒尾譲介なるものはその当時よりは遙に肥えた今の余輩の観劇眼をもってしても絶品であるに相違ない、あれは正に空前絶後といってよろしい、我輩の高田実崇拝はその時から始まってその後本当に血の出るような小遣を節約しては彼の芝居を見たものだ、そうして愈々《いよいよ》
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