求菩提下[#「下」に丸傍点]化衆生の菩薩《ぼさつ》の地位であり、また天上と地獄との間の人間の立場でもある、人生は旅である、旅は無限である、行けども行けども涯《かぎ》りというものは無いのである、されば旅を旅するだけの人生は倦怠と疲労と困憊と結句行倒れの外何物もあるまいではないか、「峠」というものがあって、そこに回顧があり、低徊があり、希望があり、オアシスがあり、中心があり、要軸がある、人生の旅ははじめてその荒涼索莫から救われる。
「峠」は人生そのものの表徴である、従って人生そのものを通して過去世、未来世との中間の一つの道標である、上る人も、下る人もこの地点には立たなければならないのである。ここは菩薩が遊化に来る処であって、外道が迷宮を作るの処でもある。慈悲と忍辱《にんにく》の道場であって、業風と悪雨の交錯地でもある、有漏路《うろじ》より無漏路に通ずる休み場所である。
 凡《およ》そ、この六道四生の旅路に於て「峠」を以て表現し摂取し得られざる現われというのは一つもあるまい。



底本:「中里介山全集第二十巻」筑摩書房
   1972(昭和47)年7月30日発行
入力:門田裕志
校正:多羅
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