「峠」は「嶺」である、嶺の字義に関しては「和漢三才図会」に次の如く出ている。
[#ここから2字下げ]
按嶺山坂上登登下行之界也、与峯不同、峯如鋒尖処、嶺如領腹背之界也、如高山峯一、而嶺不一。
[#ここで字下げ終わり]
これによって見ると、嶺は峯ではない、山の最頂上では無く、領《えり》とか肩とかいう部分に当るという意味である。恐らく、これが漢字の本意であろう。して見ると、嶺字を以て「峠」に当てるのは妥当ならずということは無いが、「峠」という字には「嶺」という字にも西洋語のパスとかサミットとかいう文字にも全く見られない含蓄と情味がある。
和語の「たうげ」は「たむけ」だという説がある、人が旅して、越し方と行く末の中道に立って、そうして、越し方をなつかしみ、行く末を祈る為に、手向《たむ》けをする、祈願をする、回向《えこう》をする――といったような縹渺たる旅情である。
山があり上[#「上」に丸傍点]があり下[#「下」に丸傍点]があり、その中間に立つ地点を峠と呼ぶことに於て、さまざまの象徴が見出される、上[#「上」に丸傍点]通下[#「下」に丸傍点]達の聖賢の要路であり、上[#「上」に丸傍点]
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