る風船玉のように、彼の口から飛び出た。彼の躯はそのまま強直してしまった。前襟に添うて開け放された胸の下の方へ、その中心を外れて右の方へ拳大のものが皮膚とともに突起した。
「胃だ?」
「胃だ!」
彼は涙声で、叫んだ。
「おれの胃が躯を抜け出ようとしたのだ!」
彼はその突起した胃をそれがあるべきところへ揉《も》みこんだ。彼は非常な痛みを感じた。
この日以来、彼はじっと寝床へ横わってしまった。――三日経った。四日、五日と時は過ぎて行った。――彼自身を床のなかへ残して、白と黒とのその時は、ゆっくりと一定の円周線上をリズミカルの歩調で、前方へ進んでいた。この間にあって、彼は幻影の進化が生活の上に現れる。というような法外もないことを妄想していた。
「物騒な人!」
彼はこの言葉を忘れはしない。
「物騒な人だ!」
下宿の女主人は、こう言って、来る人、会う人ごとに彼のことを饒舌《しゃべ》った。
―――――
おれは物騒な人と言われるだけのものかも知れない。少なくともおれの感情……おれの最も麗《うる》わしい感情を、おれがおれの胸の奥底へおし隠してこのかた、おれはその感情を汲み出そう汲み出そう
前へ
次へ
全91ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
富ノ沢 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング