》えずに床に横わっていることを怕れはじめた。
「死ぬぞ! おれは死ぬぞ!」
彼は死期の間に迫って来ているかのように叫んだ。そうして俺はこの「死」を嚥下《えんか》したかのように、――それは精神を錯乱させながら、徐《おもむ》ろに生物の生命を毒殺するアルカロイドを嚥《の》み込んだかのように、感じさえした。否、彼はこの言葉を自分の敵の毒薬と思った。彼はその敵がこの毒薬を、無理無体に自分の体へ注ぎこんだようにさえ考えた。
―――――
お柳の祖父の葬式がすんで、二十八時間経過した。お柳の姿は、不慮の神隠《かみかくし》に会ったかのように、その家には見られなかった。
彼は破れた土蔵の立退を申込まれた。それは命ぜられたと同じことであった。彼は怒った。彼は胸を戦《おのの》かせた。一言の返答も出来なかった。しかし彼はついに一両日の猶予を請うて、黒皮カバンを抱えたその男を帰した。
その夜、彼は何処に入口があるのか解らない宿を訪ねた。その途中、彼にはあの葬儀社の黒|斑《ぶち》の猫も、あの警官の眼も気にはかからなかった。彼はそれほど急いでもいた。そうして彼の内心で強く大きく振子を振っているものは、「床」
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