は思い出せない人の言葉を呟《つぶや》いて見た。
「や、これは全く日毎日毎の悲劇の永遠的な喜劇だ!」
 そうして彼は自分がその場にただ一人でいて、勝手な妄想に耽《ふけ》りきっているかのように振舞うた。
 間もなくして彼と青沼とは散歩に出かけた。電車は頭を痛めるという我儘《わがまま》な彼の申し出から二人は歩いた。空は重苦しく垂れ下って来そうであった。それに少し歩くとびっしょりと汗が滲《にじ》み出て来た。彼は不思議に落着かなかった。こんな気分が相手へ感じたせいか、彼が親友と腕を組もうとしたら、親友は恥かしそうにそれを拒んだ。彼は声を出して笑った。青沼は打たれた後のような顔色をして余り口も利かずに、絶えず何かを聞こうとするかのように耳を澄している様子であった。
 彼等は自動ピアノの据え附けてあるレストランで、軽い昼餐をとった。そこを出てしまうと、彼は突然思い出したことがあるかのように、親友へ別れを告げた。青沼は無言のまましかも彼自身の気のせいか、眼を潤《うるお》わせながら、数回頭を下げて挨拶《あいさつ》した。彼はもう少しのところで、親友の傍へ近寄って行き、その手を力強く握ってみる気になった。し
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