その子犬は、石段の上の見えないところから漏《も》れてくる口笛を目当てに急いでいた。
彼が求めた煙草はかなり香味を失っていた。そうして彼が部屋に戻って、三本目かそこらの煙草を喫《の》み終らないうちに、障子の外で人のけはいがした。
「居るかね。」
「うむ……」
部屋へ這入《はい》って来た青沼白心の顔は、一瞬わざとらしく歪《ゆが》められた。
「や、これはひどい烟《けむり》だね……君、君の死んだ後で、君の肉体を煙草にして喫んだら、さぞ美味《おい》しかろう!」
青沼の呟《つぶや》くようなこの言葉は、彼をいたく苦しめた。これは青沼の冗談であろうか。と、またしても奇妙な考えに耽けろうとした時、彼は時計の打ちひびく音を階下の方から聞いた。
「みじめなものさ……そうむちゃに喫むのはよし給え。」
この言葉で、彼は親友も亦《また》、彼自身の敵の連累《れんるい》者になったのではあるまいかと疑いはじめた。
「おれは多分死ぬだろう!」
彼は自分へ言い惑うように言った。
「また君は興奮してるね。」
「そうかも知れない、見る人によっては……だが、そんなことは万々あるまい。」
「そうかね、それならいいのだが…
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