らを見守っていた。
「〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜」
「〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜」
 人人の声がいっせいに和したのであったが、彼にはその声が完全な言葉としては聞きとれなかった。そうしてそれは人の名前が叫びあげられたようにも感じられた。その時、彼は蜜蜂の一群が、彼自身の周囲に小さな龍風《たつまき》の渦を捲《ま》いて飛び乱れたかのように感じたので、思わずも腰を折って馳け出した。
「誰だ?」
「あの男は?」
「誰だ?」
 彼は律動している蓄音機のなかから飛び出したように感じた。そうして彼はそれらの声に逐《お》いかけられながら、ようやく逃げのびて、土蔵の立ち並んだ黒い色の感じのする町のなかへ、彼自身の姿を見出した。その時、彼は何者かに逐いかけられているように感じた。その瞬間、彼は一人の男に呼び止められて、振向いた。そうして彼は若しも鳥ならば何よりも先きに羽撃《はばた》きするように驚いた。
「影佐君?」
「……?」
 彼は返事もせずに機械的に立ち止まった。靴は泥のなかへめり込んだ。その男は馳けて来たらしく息を弾《はずま》せていた。ちょっと見ると、ポオル・ゴオガンのような感じのするその青年は、
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