ひとり一本縄に倒《さかさ》にぶらさがって、喇叭《らっぱ》を吹いているのを見た。その次の日、彼は彼女に逢わずに彼女へ花環を贈った。多分その幸運な花環は彼女の腕に抱かれたことであろう。果してそうか? その日は雨が降っていた。彼はその日も映画で娯《たのし》んだ。その帰りがけに、彼は鏡の壁のあるカフェへ寄って、椅子にかけていてちょうどいい具合に上半身の映る鏡を覗《のぞ》き覗き、自分の映像を相手に大へん大きな下|顎《あご》を上顎へ摺《す》り合せながら食事をした。そうして彼はその店を出て、細い小路を抜け、通りへ出ようとした角のところで、突然呼び止められて吃驚《びっくり》した。
「傘に入れて下さい、お頼みします。」
 彼が注意してみたそこには、花売娘の支度をした少女が雨にうたれて気恥かしげにではあるが、泣きもせずに佇《たたず》んでいた。彼はそのひとをちらりと見ただけで、口を噤《つぐ》んだまま傘を差し出した。そうして彼はそのひとを怪しむ心にもなれずに歩き出した。
「しずかに!……」
「……おや! おや!」
 その少女は妙なアクセントで呟《つぶや》いた。
「……」
「泥がはねかえったの、靴へ。」
 彼の
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