の金高であった。それにしてもそれは彼自身の愚かな気持の滓《かす》であって、事を暴露する爪の垢《あか》ほどのききめにもならないことは、考え惑うことが子供じみているだけに、聞く人にとっては実につまらないことであった。しかし彼自身の生活をいくらかでも古風なロマンティックにしてみたい癖のある彼には、そんなふうに思い迷うのが興味を惹《ひ》かないこともなかった。そうして彼は人間が生きると言うことは、嘘の殿堂を築くことに過ぎないと思いながらも、相談にならない幻想を抱いてみたくてしようがない。その幻想にひたりきっている間、彼は自分が彼自身ではないもっと別のものになった気がしている。それこそ偽善を上塗りする高貴と言うものではないかと考えるのであるが、そこからは絶えず天啓とでも言われるものが感じられるような気がしてならなかった。そうなふうにこだわって行く彼であったから、その金の問題にしたところで、若しかしたら置き忘れたのであるかも知れないと、考えながらもそんな途方もないところへひきずられて行って、そこへ迷い込むのであった。
 そうして彼はかなり部厚い書物のなかを札の形に切り抜いて、そこへその現金を隠して置
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