れにあの気の毒な少年は、彼自身の対象として、直面的に見、極く簡単にではあるが、かなり貴重な置地においてある。勿論それはあれだけの説明では足りない、と彼は考えている。しかしいくらかは何事かを訴えるだけの力は含まれていないこともない。それともそんなことは少しもないのであろうか。神のような心をもっているあの少年が、彼自身と同じくあらゆる機会を取り逃がしている。少年は何事をかなそうと考えている。家を逃げ出してサアカスへ加入させて貰うことを無想しているのかも知れない。少年は果して何を考えているのか。しかしウィリイは泣き笑いの生活で満足しているらしい。これは兎《と》に角《かく》として、彼は親友の言葉でかなり機嫌を悪くした。彼は親友をいままで見誤っていたのであろうか。しかし彼は親友の言葉を意地悪く受けいれてみたとしたところで、どうして悪かろう。そうして若しも彼が親友を欺いたとしても、彼自身の虚勢は本物の虚勢であったろうか。それが果して本物であったとするなら、それこそそれは、嫉妬の感情などを持つも恥かしい彼が、自分の親友に抱いた嫉妬の感情ではなかろうか。そうして彼は僅《わず》かばかりの考えと僅かばかりの感受性とをもって、幻の表現に過ぎないこの人間生活のなかから、あらゆるものを見た目だけで確実なものであると見取ったこのことを、彼は恥かしく思いはじめた。彼はものの影――言葉の言葉、動作の動作――を見極められないことを情なく思った。彼は重々しい霧のなかを彷徨《さまよ》うているかのようであった。突然、彼は人の歔欷《きょき》を耳にしたように感じた。その歔欷は何処《どこ》からともなくかすかに流れてくるともなく彼自身の胸のなかへ深く泌み込んできた――彼はただ一人|淋《さび》れはじめた秋の末の庭先の縁へとりのこされていた。親友は彼一人をそっととりのこしてそこを立ち去っていた。――そのことに気づくと、彼は自分が噎《むせ》び泣きしているのであると思うより外はなかった。彼は自分の噎び泣きさえ感じないほどの反動的の静寂のなかへ浸り切って、無意識のうちに噎び泣きしていた。
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彼が東京のイルミネイションを見なくなってから二週間以上にもなっていた。彼のいま住んでいる町――東京に接続した西北の町は、秋の荷の往復でせわしい。遠くの森の色は色|褪《あ》せはじめた。秋の季節も過ぎ去ろうとしていた。そうしてこの間にあって、彼は田舎の母親へ数回手紙を出しそこねた。――身のおちつくまでお待ち下さい――というのが、彼の母親への文面の主要なるものであったが、しかし彼にはどうしてもそのことが書き流せなかった。そのうちについ書くことが消えてしまい、そうしてとうとうそれは忘れるともなく全く忘れ果《はて》てしまった。
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私には悲しく思われます。あなたが決して嘘を申されたとは思いませんが、此度《このたび》あなたのなされた態度は無情なものです。私は親切を売物にしたのではありませんが、すべて水の泡となって消えたのでしょうか。善は急げとか申して居ります。一刻も早くお話のこと実行なされては如何《いかが》です。母上からは三度程お手紙がありました。……
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彼は横に腹這いながら美角夫人からの附箋づきの手紙を読んでしまって、思わずも……――これは全く――……と、訳の解らない一種の不快をおさえるかのように、彼自身へ言ってみた……――おれは母の信用を質入したようなものさ。ところで、まだその期限は切れそうにもないぞ。――……
彼には最早自分の母親を呼び寄せるだけの望みも楽みもなくなっていた。彼の心も身もともに、闇が冷たい風とともに狂おしくひしめき合っているそのなかに彷徨《さまよ》うているかのようであった。
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南と北から家屋が建てこめているため、常に日光に遮られている薄暗い道路の行当りに、芥溜《ごみため》が見える、そこにミノルカではないが大きな黒い一羽の鶏が餌をあさっている。彼はそこを目当に歩いている。そこまではかなり長い道程があるらしい。左右の家は書割舞台ででも出来ているかのように、絶えず震えている。歩いている彼ははたと立ち悩んだ。彼の足元には五銭白銅貨が、一ツ、二ツ、三ツ、四ツ、……十一、十二、十三と数えただけおちていた。鈍く光って彼の瞳をひいた。彼はその白銅貨を拾おうともせずに、頸《くび》を傾けながら歩きはじめようとした。その時彼は芥溜の方へ向って、左手にあたる一軒の屑物屋を見つけた。蒼白い顔の小娘が障子の穴から戸外を覗《のぞ》いていた。彼は彼女をちらりと一瞥《いちべつ》した。彼はびっくりした――この瞬間、彼の暁の夢は音もなく影絵のように崩れて消えてしまった。
彼はひょっこり夢みたこの夢を余り気持のいいものとは思わなかった。十三個の
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