れにあの気の毒な少年は、彼自身の対象として、直面的に見、極く簡単にではあるが、かなり貴重な置地においてある。勿論それはあれだけの説明では足りない、と彼は考えている。しかしいくらかは何事かを訴えるだけの力は含まれていないこともない。それともそんなことは少しもないのであろうか。神のような心をもっているあの少年が、彼自身と同じくあらゆる機会を取り逃がしている。少年は何事をかなそうと考えている。家を逃げ出してサアカスへ加入させて貰うことを無想しているのかも知れない。少年は果して何を考えているのか。しかしウィリイは泣き笑いの生活で満足しているらしい。これは兎《と》に角《かく》として、彼は親友の言葉でかなり機嫌を悪くした。彼は親友をいままで見誤っていたのであろうか。しかし彼は親友の言葉を意地悪く受けいれてみたとしたところで、どうして悪かろう。そうして若しも彼が親友を欺いたとしても、彼自身の虚勢は本物の虚勢であったろうか。それが果して本物であったとするなら、それこそそれは、嫉妬の感情などを持つも恥かしい彼が、自分の親友に抱いた嫉妬の感情ではなかろうか。そうして彼は僅《わず》かばかりの考えと僅かばかりの感受性とをもって、幻の表現に過ぎないこの人間生活のなかから、あらゆるものを見た目だけで確実なものであると見取ったこのことを、彼は恥かしく思いはじめた。彼はものの影――言葉の言葉、動作の動作――を見極められないことを情なく思った。彼は重々しい霧のなかを彷徨《さまよ》うているかのようであった。突然、彼は人の歔欷《きょき》を耳にしたように感じた。その歔欷は何処《どこ》からともなくかすかに流れてくるともなく彼自身の胸のなかへ深く泌み込んできた――彼はただ一人|淋《さび》れはじめた秋の末の庭先の縁へとりのこされていた。親友は彼一人をそっととりのこしてそこを立ち去っていた。――そのことに気づくと、彼は自分が噎《むせ》び泣きしているのであると思うより外はなかった。彼は自分の噎び泣きさえ感じないほどの反動的の静寂のなかへ浸り切って、無意識のうちに噎び泣きしていた。

     *

 彼が東京のイルミネイションを見なくなってから二週間以上にもなっていた。彼のいま住んでいる町――東京に接続した西北の町は、秋の荷の往復でせわしい。遠くの森の色は色|褪《あ》せはじめた。秋の季節も過ぎ去ろうとしていた。そう
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