は、赤く燃え廻ってその真赤な尾を打ちふりながら部屋じゅうを跳んで廻っているかのようであった。そうして彼自身の周囲に取り散らかされているものみなは、紙と言わず書物と言わず狂い廻る彼自身の心臓の跳梁《ちょうりょう》のためあらゆる存在を嘲《あざ》けるかのように飛び散った。そうしてそこには散乱したる誠実がすばやく眠りから醒《さ》めて嘲り笑っていた。
 その翌朝、彼は飛び散った紙片の下敷のなかに短かい眠りを醒《さま》した。この日は日曜日であった。
 昨夜の雨はその夜のことを忘れたかのように晴れ上っていた。彼は綿密な注意を配りながら部屋のなかを見廻した。そうして今や彼は荷造りでもはじめようとするかのようにしかも手荒に行李をかたづけ、押入のなかへしまい込んだ。そうして彼は路地の入口の店へ煙草を買いに行くついでに、街路の様子を窺《うかが》ってみた。乾き切らない路は、タイヤーとか靴蹟とかのために無惨にも掘り返されていた。ちょっと気を奪われて見ると、まるまると毛にふくらんだ子犬が、向側の寺院の石段を脚早に登って行くのであった。子犬の躯《からだ》は重そうに見える。いかにもその足並みが苦しそうに見える。しかしその子犬は、石段の上の見えないところから漏《も》れてくる口笛を目当てに急いでいた。
 彼が求めた煙草はかなり香味を失っていた。そうして彼が部屋に戻って、三本目かそこらの煙草を喫《の》み終らないうちに、障子の外で人のけはいがした。
「居るかね。」
「うむ……」
 部屋へ這入《はい》って来た青沼白心の顔は、一瞬わざとらしく歪《ゆが》められた。
「や、これはひどい烟《けむり》だね……君、君の死んだ後で、君の肉体を煙草にして喫んだら、さぞ美味《おい》しかろう!」
 青沼の呟《つぶや》くようなこの言葉は、彼をいたく苦しめた。これは青沼の冗談であろうか。と、またしても奇妙な考えに耽けろうとした時、彼は時計の打ちひびく音を階下の方から聞いた。
「みじめなものさ……そうむちゃに喫むのはよし給え。」
 この言葉で、彼は親友も亦《また》、彼自身の敵の連累《れんるい》者になったのではあるまいかと疑いはじめた。
「おれは多分死ぬだろう!」
 彼は自分へ言い惑うように言った。
「また君は興奮してるね。」
「そうかも知れない、見る人によっては……だが、そんなことは万々あるまい。」
「そうかね、それならいいのだが…
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