。人間は一種のマニアのポーズを持っている。そのために彼等は人間らしく見えるのである。そうして彼等は人生の矛盾を中和して行く技巧家である。彼は何か纏《まと》めてみようと企てていたが、それは全く無益のことであった。それどころではない。彼は自分の陰謀者のたましいを見た。この怕しさ、この苦しさ、この快さは、彼自身を悲しませなかった。そうしてその陰謀者が逃げて行ったということは愉快に感じられた。こんな思いに耽《ふけ》りながら彼はひょっくりと、十間とは離れていない杉森の間を透して、北向いにある墓地の最初の列の石塔が、部屋から洩《も》れる電燈に、その半面を鈍く輝かしているのを見た時、自分のたましいがひやりと慄《おのの》いたのを感じた。そうして彼は日毎に見|馴《な》れすぎているこの墓地が、常と違って振向いても見たくなかったので、直ぐカーテンを引いた。カーテンの環はかすかに軋《きし》んで、その響を消したと同時に、セピア色の染のはいったカーテンは、彼の眼を外界から遮《さえぎ》ってしまった。カーテン自身がひとりでそんな作用をしたかのように。
彼は自分の耳朶の暑く燃えるように火照《ほて》るのを感じた。誰かが――確かに彼の陰謀者であるに違いない者が、彼の悪い噂をしているに相違ない。これは彼にとって、彼自身が殺されることよりもつらいのである。そうして実際、真実の出来事は、そうしてまた真実の出来事になり得る可能性のあるものは、弾《はじ》けるような力強さで、こうした観念を無意のうちにすら呼び起さしめるものである。これは一種の体流的の作用であるに違いはない。彼はどうしてもそう信じない訳には行かない。それともそれは、彼自身のように、たましいの影さえ抱かないようになった者が、常に心を苛立《いらだ》たせて、神経過敏になっているその役にも立たなくなった焦噪の証拠を、何か別の事物へなすりつけようとする僻《ひが》み根性であろうか。たといそれが僻み根性であろうとも、彼は自分でひととおりは考えてみなければならない。――
「世には軽蔑というものがある!」
彼はペンで書きつけるように、心へ言った。彼の躯を掩《おお》うものは、全くその軽蔑に外ならなかった。何ものとも名ざされない者が、彼を軽蔑し侮辱しているというこの無作法な事実があればこそ、彼はそれを感じて気を腐らし、最後には自分へ向ってさえ怒り出すのである。否、その
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