Aカデミックな気むずかしやの一人である。直子女史のアカデミー振りと琴瑟相和す部分もないではないようだ。併し結局氏は批評的精神ではなくて肯定的精神である。世俗的な権威についての最もよい理解者の一人であることにもそれは現われている。落ちつき払って見えるのもそこに原因しているらしい。
処でこの評論集は異彩陸離たるものがある。都市、流行、建築、文芸、映画、美術、写真、舞台、放送、教育、という十項目の下に、夫々二三篇から二十篇の文章が収められているが、現代日本人の日常生活に於ける芸術形態を、これ程親切に忠実に、紹介批評し、且つ記録したものは、他に殆んどないと云ってもよい。氏には今日では特別のイデオロギーがあるとは云えない。だから氏は単なる記述者であるとも云うことが出来るかも知れない。併し、この記録者が偽りなく記録した結論は、恐らくこういうことになるらしい。曰く、現代日本人の芸術は、歌舞伎でもなければお能でもなく茶の湯でも生花でもない。所謂近代芸術こそがみずからのものと感じている芸術なのだと。色々な意味に於ける「外国人」――日本主義的エキゾティシストをも含む――にそういうことを教えるに有効な本だ
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