達はこんなに考え方が作文的なのかと、味気なくなるのである。
それはさておき、論文には一定の型式となるようなものはない。内容が一定の文章を要求するのである。書く人は出来るだけの力を自分なりに発揮して、この内容を自分自身に逐一納得の行くように整理し点検して行けばいいのである。それがおのずから、読者にもよく判る論文となるのであって、普通の論文では、人に判らせるために書いたものよりも、書く当人によく判らせるように書いたものの方が、判りがいいのである。尤も判るとか判らないとか、やさしいとかむずかしいとかは、読む人の教養と思考力とによることではあるが、少なくともユックリと丹念に読む場合、専門の特別な論文でもない限り、正しいものなら必ず或る程度、要点は判るものだ。
一読して、つまりごく不注意に読んで、何だか判ったように思われる論文でも、少し疑問を持ちながら注意して読むと、一向取り止めのない判らない論文がよくあるものである。その人間の云いたいことがさっぱり判らないのは論外としても、云いたいらしいことは大体常識的に見当はついても、さてその云いたいことがその論文によっては一向特別な根拠を与えられないよ
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