し向上(?)すれば、評論集や論文集がもっとよく読まれるようになって行くに違いないというのが、私の意見だ。
例をまず他の方面から取れば、私など絵の普通の展覧会は到底見るに耐えないのである。疲れるも疲れるが、テンでわからぬし、テンで興味がわかないのだ。無意味な印象が明滅交替するにすぎない。処がそれが個展となると、実に面白く、注目した絵の印象はいつまでも忘れない。
短篇小説もそうである。評論雑誌や文学雑誌にのるものを私は一つ一つ読んで行くことに、儚なくなるような苦痛が伴うのだ。勿論私は月々の作品の大部分を読んでいるのではないから、一人一人の作家について充分な用意が出来ていない。だから結局その作品の世界がわからずに終る場合が尠くないのだ。
評論や論文もやはりそうなのである。或る人の思想は一つや二つの文章を偶然のように読んでもわかるものではない。どうしても或る程度体系的に読まねばならぬのだが、それでは初めから纏めて書いた書き下し単行本が一等いいだろうと考えられるかも知れない。併し事実はそうでない。或る人の考えを最も特徴的に知ろうと思う時、私など最も頼みにするのは、その人の論文集や評論集なの
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