ある。これはアレキサンドリア派の文献主義者なる所謂読書子や「読書家」のよくする所ではあるまい。
[#改段]


 3 論文集を読むべきこと


 大抵の本屋は、書き下しの単行本を書け書けという。一遍雑誌其の他に載ったものはあまり売れないという。論文集や評論集にしても書き下しの論文が這入っていないと売れないと云っている。或る本屋は論文集ならば、仮とじにして簡単に中味のわからぬようにしておく必要があると主張する。蒸し返しの中味をなるべく暴露する機会を少なくしようという魂胆である。なる程之は尤ものことで当然至極な考え方のように見える。一遍読んだものを誰が繰返して読むものか、と考えられるだろう。処が私は、これに大反対なのである。尤も、大反対と云っても、そういう論文集や評論集が売れないということが嘘で、大変売れるものだと主張する心算ではない。多分売れにくいのは事実だろう。だが私はそういう事実が気に入らないのである。そんな事実に不平なのである。事実に不平を云ったって仕方がないと言われるかも知れないが、併し少し不平の声を大きくすれば少しは改まる事実だろうと思うので、云って見れば、読書術の水準がもう少
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