ブック・レヴューは決して珍しくはない。一例を挙げるに止めるが、ライプニツがロックの『エッセイ』を逐条評論した大著『ヌーヴォ・ゼッセイ』は、ブック・レヴューでないとは云えまい。マルクスの『ヘーゲル法律哲学批判』(本文の方)や、エンゲルスの『反デューリング論』などを思い出して見てもそうだ。解説書・注解書・までも考えるなら、この種のブック・レヴューが、文学史や思想史の上などで如何に多すぎるかを、読者は知っているだろう。
処がそんなものまでをブック・レヴューと呼ぶことは非常識の至りで、アカデミックな愚挙に他ならぬという非難があるかも知れない。だが実際はそうでもないようだ。何となれば、大小の雑誌に載る「ブック・レヴュー」(「新刊紹介」・「新刊批評」・其の他)其の他、は勿論書物の内容に就いての解説・注解・批評・を含んでいるので、単にそれが、原稿用紙にして数枚とか十数枚とかいう短いものに過ぎないのが多い、というまでである。以上は思想の表現物としての側から、本をブック・レヴュー(図書批評)したものであるが、他方之に対立するジャーナル商品としての本をブック・レヴューするという側面を考えてみると、その極
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