点についてあまり注目していない。単に、徒らなる排外主義は心ないものだ、大いに西欧的観点をも容れて日本教育の伝統を生かし、以て新日本教育を建設せねばならぬ、と云った種類の気休めに落ちているように見える。
終局の問題は著者の教学[#「教学」に傍点]のイデーの内にある。教学は東洋的封建観念論の性格的なもので、生産技術と凡そ無関係なことを一特色としている。それであるが故に、之は科学[#「科学」に傍点]ではなくて教学[#「教学」に傍点]であり、学術[#「学術」に傍点]ではなくて教え[#「教え」に傍点]なのだ。だから著者が理科教育などについて云い得ることは、自然を通じて神を見ることを教えるのだとか、優れた自然科学者は又宗教家であるとかいう、ナンセンス以上のものではあり得ないのである。教学主義を以て理科教育や科学的精神の教育を企てることが如何に無意味であるかを、吾々はもう少し真面目に省察することが必要だろう。――こう考えるとき、私は日本伝統の問題の困難さを、この書物によって愈々切実に感ぜざるを得ない。
著者は、教育は「児童より」と称して、児童の要求を出発点とすることを力説するように思われるが、今
前へ
次へ
全273ページ中220ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング