のように見受けられる。経済現象に於ける弁証法的展開の過程はあまり原則的な線を踏んで跡づけられてはいない。経済現象の弁証法的発展の動力として需要力[#「需要力」に傍点](之は人口関係に関する)と生産力[#「生産力」に傍点]との相互関係が挙げられており、前者に関しては衝動と欲望[#「欲望」に傍点]との問題が、後者に関しては合理化[#「合理化」に傍点]の問題が取上げられているが、主体[#「主体」に傍点]にぞくするこの衝動や欲望と、客体的[#「客体的」に傍点]な経済組織におけるこの合理化との連絡は、一寸見当らないように思われる。自然的[#「自然的」に傍点]衝動乃至欲望と社会的[#「社会的」に傍点]合理化過程とが、進化論のアナロジーによって、同じく弁証法的[#「同じく弁証法的」に傍点]と呼ばれているに過ぎない。だからこの弁証法は、一体有機体説なのかそれとも又本当に弁証法なのかがハッキリしないのである。
 こういう、最後の限定を残した擬似弁証法につきものであるのは、ブハーリン型の均衡理論[#「均衡理論」に傍点]であるが、博士も亦均衡論者であるように見える。景気変動論に立脚する博士にとっては均衡の破
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