ーレー・ケーンズ・同志ゲッセン・等の最近の所説を、ラプラス・ケトレ・クルノー・等の古典的理論から跡づけて検討している。プロバビリティーに就いての先験(先天)説、チャンス乃至偶然性の背後に横たわる或る神秘的な量の想定、及び夫に常に伴う偶然性に関する主観主義説、等に対する唯物論的な克服が盛られている。
 最初述べた量の弁証法としての統計の観点は、統計なるものの弁証法的理解を提供したが、それは非弁証法的な統計的方法の根本的誤謬を明らかにすると共に、弁証法的な統計的方法[#「統計的方法」に傍点]と分析方法[#「分析方法」に傍点](之が弁証法の普通の場合だ)との相互的で相対的な役割をも理解せしめる。之が第四章「科学研究における統計的方法と分析方法との相対的役割」である。之は科学の方法論から見ても重大な内容で、分析方法(所謂弁証法と呼ばれている方法[#「方法」に傍点])が統計的方法にとって如何に基本的であるか(マルクス『資本論』に於ける模範的な分析方法とレーニン『ロシアに於ける資本主義の発展』に於ける模範的な統計的方法とを見よ)、そして二つの結びつきが何であるか、という根本問題に触れる。
 第五章「経済学と統計学」とは前章の問題を特に社会科学・経済学・に就いて詳論したもので、次の要点を以て結ばれている。曰く、経済生活は何等の「論理的」恒数なるものを知らぬ。経済学者=統計学者の取扱うべきものは正に「経済的」恒数であることを忘れてはならぬ(ガウスの曲線やピアソンの曲線も純然たる数学的要求に従ったもので経済学にとって不充分を極めたものだ)。そして最後に、ソヴェートに見るような組織的経済の建設への推移は、経済統計学に対して全く新しい道を拓くものである、というのである。
 さて以上のように統計・統計的方法・統計学・経済統計学・に就いての、哲学的・論理学的・科学論的・な研究が本書であり、唯物弁証法的観点からした切実な批判が本書である。抽象的なフラーゼがなく実質的で冷静周到な内容のもので、必読の書物ではないかと考える。日本に於ける唯物弁証法は具体的であるなしよりも、寧ろ具体的な実際的なテーマ[#「具体的な実際的なテーマ」に傍点]を取り上げていないと思う。量質の弁証法などもそうだ。この点この書物の課題だけでも大いに教える処はないだろうか。それから吾々は確率[#「確率」に傍点]に就いての数学的著述や統計学[#「統計学」に傍点]に就いてのハンドブック的なものには事欠かないが、統計的方法[#「統計的方法」に傍点]に就いて検討したものになるとよい本を沢山知ってはいない。統計[#「統計」に傍点]なるもの自身の理論について書いたものは一層身辺に乏しい。まして之を論理学[#「論理学」に傍点]の広範な観点から根本的に取り扱おうとしたものはなお更である。――とに角本書が提供するものは吾々の理論的野心をかき立てるに足るテーマだと思う。内容の如何に拘らず注目しなければならぬテーマではないだろうか。
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(一九三六年・ナウカ社版・四六判二一二頁・定価八〇銭・スミット女史論文集『ソヴェート統計学の理論と実践』の中の第一編)
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 6 庄司登 松原宏 訳編『ファシズムの諸問題』


 一九三五―六年の『モスコー・ニュース』、『レーバー・マンスリー』、『アグラール・プロブレーメ』の各号から取捨選択して訳出したもの。パーム・ダット「ファシズム汎論」、エル・マジャール「ファッショ化の型について」、パウル・ライマン「都市中間層論」、カール・ラデック「ドイツ・ファシズムの経済政策」、エー・ヘルンレ「ドイツ・ファシズムの農業政策」(之は一九三四年のもの)からなり、「ナチスの対中産階級政策」を付録としている。
 ファシズムに関する重要な代表的著作の邦訳は之まで大体三つを数えることが出来るようである。第一はシュナイダー『ファシズム国家論』(中央公論社版・戸野原・佐々・訳)、第二はダット『ファシズム論』(叢文閣版・松原訳)、第三はピアトニツキー『ドイツ・ファシズム論』(叢文閣版・吉田訳)である。他に参考に値いするものとして、今中次麿著『独裁政治学叢書』全四冊をも数えることが公平だと思う。唯物論全書の『ファシズム論』(今中・具島・著)は、『図書評論』七月号(一九三六年)の筆者によると、あまり尊重されていないようであるが、決してそういうものではないと私は思う。なぜならファシズムのイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]の解説とファシズムの法制政治機構[#「法制政治機構」に傍点]の纏った解説としては、あれ程便利な本は手近かにはないだろうからだ。書物の価値は書き方の趣味や慣習だけに立って判断すべきものではなくて、役立つかどうかということからも、リアリ
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