あくまで実地的な基本的研究に精力を集中しようとする学的努力からだと信じる。
すでに第一回報告として『新聞研究室第一回研究報告』なるものが出版されているが、之は思うに、わが国に於ける理論的な新聞研究の最高水準を略々占めるものだと云っていいだろう。そこでは無論、新聞と云っても所謂新聞紙に限られないので、広く新聞現象・報道現象・ジャーナリズム現象・が取り上げられた。調査的研究としては東京の五大新聞の内容分類があった。処で、今度の第二回報告では、新聞調査の範囲は著しく拡大されたのである。
序文に云っている、「欧州大戦末期に於ける我邦経済界の好景気以来、我邦に於ける新聞の経営状態は一変して、一般事業と同じく大部分企業的形態をとるに至った。併しながら之に対して調査を行ないたるものなく、研究上不便を感ずること尠からざるにより、本研究室は研究員経済学士鍋島達君に其の調査を命じ、爾後約二ヵ年の日子を費して之を完成することを得た。本調査は各種企業形態の社会的、心理的乃至経済的機能の研究上欠くべからざる根本資料であって、我邦新聞界に稗益する所、蓋し少なからざるべしと信ずる。此の種の調査は独逸ライプチッヒ大学新聞研究が、数年前之を行ないたることあるのみにて、本研究室の如く之を全国的且つ全般的に行ないたるものは欧米諸国を通じて他に類例を見ないのである」云々。――この報告の斯界に於ける意義は右の序文で明らかだろう。
調査の課題は、各新聞の企業形態、資本金及び収益、新聞企業持分の譲渡性、の三項目を主とし(企業持分の譲渡性というのは、新聞紙がただの商品ではなくて主義主張を持った言論物だからそれがどういう個人又は団体の手にあるか又は移り得るかを問題にするのである)、副項目としては主張乃至政党関係、配当、広告料と購読料、兼営事業、其の他である。範囲は日刊の有保証新聞に限り、地域は内地、北海道、台湾、朝鮮に渡り、満州及び上海に於ける本邦人経営の新聞若干をも含んでいる。一九三一(昭和六)年八月を中心にする調査で、随所に之をドイツ及びアメリカの情勢と対比することを怠っていない。
内容は資料で以て充満しているから「紹介」の限りではないが、調査方針に一つの意見を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んでいいなら、或いは寧ろ希望を述べていいなら、新聞の読者[#「読者」に傍点]層をも検べて欲しかったということだ。蓋しここでは、企業形態其の他と並んで、新聞紙という言論的商品に特有な、社会的・階級的・制約が発見されるだろうからである。尤もこの調査は、単に新聞社への問い合わせだけでは出来ないわけで、色々複雑な調査方法を研究してかからなければならないだろうが。
調査票を送ってやった新聞社は九二一社で、回答が来たのはその四二・九パーセントの三九五社である。新聞社自身この企てにあまり興味を有っていないことはやや意外で、ことに『東京朝日』や『東京日日』は回答をしていないらしい。吾々は新聞業者のこの種の意識に対して多分の不満を表するものだ。一〇以上の発送数のある府県で、五〇パーセント以上の回答率のあったものは、神奈川(五〇%)、茨城(六六・七%)、宮城(六〇%)、富山(一〇〇%)、大阪(六二・二%)、愛媛(六四・三%)、大分(六三%)、樺太(七六・二%)、朝鮮(六三%)である。大阪が六二%以上であるのに、東京は三四・一%にしか過ぎない(発送数は東京四一大阪四五)。――之自身又新聞界調査の一資料となるかも知れない。
同研究室の実際上の指導者小野秀雄氏は、最近時潮社出版『現代新聞論』を出版した。まだ手にしないが期待を持っている。
[#改段]
6 易者流哲学
――反動哲学の一傾向――
私はかつて或る新聞で、阿部次郎教授が『改造』にのせた論文に対して少し悪口を書いたことがある。「文化の中心問題としての教養」というのが教授の論文の題で、私はこれに対して、文化とか教養とかいう一種特別に取りすました概念では、時代の問題は一寸片づかないのではないか、という意味を述べたのである。教授の論文は、それにも拘らず、昔ながら甚だ透徹した、しかも甚だ「阿部次郎」らしい独自のものであったことはいうまでもない。
所がその後暫くして、学校気付で未知の人から私あての封書が来た。開けて見るとこうである。お前の次郎批判は極めて浅薄である、阿部次郎氏の例の論文は実は、兼子某という人がドイツ文で印刷にした本の焼き直しだということを知らないか。この本は日本でこそ人が注意しないが、ドイツやフランスでは有名なもので、方々で研究会さえ持たれているのだ。今に日本にこれが逆輸入されてくるだろうが、その時はお前は自分の次郎批判が如何に無知で浅薄であったかを恥じなければならぬだろ
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