論の(マルクス主義は除くとして)最も影響の大きいものを与えている。シュティルナーのイデオロギーはすでにマルクスによって取り上げられているし、ニーチェの如きは、主人の道徳と奴隷の道徳とを対比させている。
 さて以上挙げた思想家達のイデオロギー論は、彼等の夫々の一般的思想の内から浮き出た姿の下に捉えられている。そしてこの諸イデオロギー論そのものが夫々一つのイデオロギーとして、夫々の時代の経済的・政治的・社会的・文化的・地盤から、合理的に説明されるように、努力が払われている。――新明教授の叙述は各思想家の思想内容の内部的連関を明らかにする点に於て、中々優れた文学的手腕を示している。之に対比して、他の二人の著者は、唯物史観の定石を良心的に定式的に、踏もうと力めているように見受けられる。ただ、思想の根柢をなし背景をなす経済的・社会的・政治的・条件が、如何に思想そのものの機構にまで反映しなければならなかったかの説明に就いて、多少のギャップが気にかからぬでもない。
 各章を通じて見受けられる特色は、著者達がイデオロギー論を人間論[#「人間論」に傍点]との連関に於て捉えているという点にある。というのは、嘘をつき虚偽や誤謬を犯す人間性の一側面を、取り出そうとする人間論が、イデオロギー論として挙げられているのである。そういう意味ではイデオロギー論は「心理的なイデオロギー論」に帰着し、又それに止まらざるを得ない。実際この書物で挙げられた思想家のイデオロギー論は、多少の例外を除けば、どれも心理的なイデオロギー論に外ならないのである。だから、ここで取り扱われたものは、社会意識としてのイデオロギーを論じる本格的なイデオロギー論に対して、云わばイデオロギー論の前史[#「前史」に傍点]に当る部分と云って好いだろう。第二部第三部に本格的なイデオロギー論の歴史が展開される筈である。
 聞く処によると、この書物は東北帝大の社会学研究室に於ける演習の成果だそうである。吾々はこのように活発な活動をし始めたアカデミーに対して、もう一遍評価のやり直しを試みなければならなくなるかも知れない。
[#改段]


 4 再び『イデオロギーの系譜学』


 東北帝大社会学教室は今度、新明正道教授外二名の手になる『イデオロギーの系譜学』(第一部)を世に送った。まず最初に取り上げられるものはマキャヴェリの思想、特にその政治学
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