いると解釈することとは、別だ。そういう解釈ではこの道徳的実体の現実的な意味が解釈さえ出来ないのだ。
 解釈[#「解釈」に傍点]としては道徳は絶対精神の現われでよいかも知れぬ。ただ困るのは、それでは現実の道徳関係の理論的な説明にはならぬという点である。歴史はディルタイなどがそう云っている処とは反対に、正に説明[#「説明」に傍点]されるべきものであって単に解釈されるべきものではない。と云うのは、歴史に於ける事件の時間的前後相承の関係こそ、因果的[#「因果的」に傍点]に説明されることを必要とするものなのだ。歴史の発展を因果的に説明すること、丁度博物学・自然史が自然の歴史的進化を因果的に説明するように、社会の歴史的発展進化を因果的に社会の自然史的発達として説明すること、之こそ歴史の科学[#「歴史の科学」に傍点]の方法であり、史的唯物論の方法なのだ。
 さて道徳を社会の自然史の立場から科学的に説明しようとすると、之は一つのイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]に他ならぬものとなる。社会に於ける生産関係をその物質的基底として、その上に築かれた文化的・精神的・意識的・上部構築が一般にこの場合のイデ
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