なる。だから、この際社会的な諸世界は道徳に解消されると云っても、説き過ぎではあるまい。――ヘーゲル哲学の弱点は、その自然哲学に関する騒然たる批難嘲笑を除けば(これでもエンゲルスが自然弁証法を惹き出す歴史的根拠となったのだが)、正にこの「法の哲学」の内になければならぬ。即ち、丁度吾々が問題にしている道徳理論をめぐって、ヘーゲルの弱点と、それの批判克服とが、一般に必然性を有って来るわけだ。吾々の議論にとっては全く都合のよい事情である。
ヘーゲルの「法の哲学」を系統的に批判しようとした者は他ならぬ初期のK・マルクスであった。『ヘーゲル法哲学の批判序説』(一八四四年)と『ヘーゲル国法の批判』(一八四三年)とが夫であるが、特に未完成な後者の方は、ヘーゲル『法の哲学の綱要』の二六一項から三一三項までを、逐条的に要点に就いて批判したもので、マルクスがヘーゲルの逆立ちを如何に足で立ち直らせようと試みたかの、よい見本と云っていい。当時のマルクスはまだマルクス主義者になり切っていないと考えられる時期の人だが、併しもはや三四年以前のマルクスのような一人のヘーゲル学徒にすぎぬ者でないことは、勿論だ。社会科学
前へ
次へ
全153ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング