態で即ち又抽象的に自己を自覚し自己を現わしたものが、「論理の科学」の世界たる論理[#「論理」に傍点]であり、この論理が一旦自分を投げ出して自分とは別になったものの内に却って自分を見出すような関係にまで具体化された段階が、「自然の哲学」の世界たる自然[#「自然」に傍点]であるとして、更に、この自然とは実は概念乃至理性が自分で自分を引き離したものに過ぎなかったのであり、自然それ自身はもはや概念乃至理性とは別なものではないという関係をもう一遍具体的に実現した(自覚した)段階が、「精神の哲学」の世界たるこの精神[#「精神」に傍点]なのである。――客観的精神とは主観的精神が外界へ自分をなげ出して、そこに却って初めて身分の形ある姿を発見するという関係にある精神のことだ。そして法乃至道徳が恰も之だ。
さてこの客観的精神即ち法乃至道徳(必ずしも法律や道徳律に限らぬ)は、ヘーゲルによると元来、理性乃至概念の発展段階の一つであったが、それ故に又自分自身の内に、三つの発展段階を含んでいる。第一は「法」(乃至「抽象的法」)であり、第二は「道徳性」であり、第三は「習俗性」(「人倫」と訳されている)だというので
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