供する)。

 さて、ホッブズ(及びカント)に就いてはすでに簡単に述べたから省くとして、まずヘーゲルを見よう。ヘーゲルに於ては道徳が如何に取り扱われたかを。――元来道徳はすでに云ったように、極めて広範な領域を占有するものであるだけでなく、所謂道徳という名のつかない領域にも接着して現われる処のものだ。風俗習慣がまず第一に道徳である。裸で街を歩くことは風俗壊乱だから不道徳なのだ。日本では左側を、外国では右側を歩くのが交通道徳である。こうした単なる便宜的な約束さえが道徳なのだ。云うまでもなく法律も道徳的なものである。犯罪は凡て道徳的な悪として説明される、支配者は政治犯や思想犯も、なるべく之を道徳上の干犯に見立てようとしている。そして良心や人格や性情が道徳であるのは初めから当り前だろう。処で道徳の観念に関するこういう一切のニュアンスを、極めて組織的に見渡し得た最初の人が、ヘーゲルだと云わねばなるまい。
 まずヘーゲルに於て、道徳の問題が所謂道徳というテーマの下にではなく、もっと広く法[#「法」に傍点](必ずしも[#「必ずしも」は底本では「心ずしも」と誤記]法律[#「律」に傍点]には限らぬ――丁
前へ 次へ
全153ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング