で、明らかにこの点で従来のブルジョア観念論倫理学の代用物としての機能を有つ、夫が改めて今時、倫理学と見立てられるのは尤もだと云わねばなるまい。――倫理思想を歴史的[#「歴史的」に傍点]に導いて来なければならぬと云って、東洋倫理や日本倫理学を説く者が、今日の国粋反動復古時代に多かりそうなことは、誰しも思い付くことだ。西晋一郎博士によれば、「東洋倫理」は科学や学問ではなくて教え[#「教え」に傍点]であり教学[#「教学」に傍点]であるという。この教学主義の体系が今日の日本に於ける典型的な半封建的ファシズム・イデオロギーの帰着点であり、特色ある観念論組織の尤なるものであることは論外としても、この種の歴史的(?)な倫理学が、実は何等の歴史学的認識に立つものでもないことは、一目瞭然たるものであろう。古代支那の習俗と支那訳印度仏教教理との結合が、二十世紀の資本主義強国日本の生活意識だというのであるから(其の他、日本の師範学校教師式倫理学の大群に就いては、ここに語る必要はあるまい)。
さて、道徳に関する倫理学的観念、特に又ブルジョア観念論的ブルジョア倫理学から眺められた道徳観念、その特色ある典型を私
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