る。例えばN・ハルトマンによれば、人間の生活は認識と行為と希望との三つの段階を持っていると云う。認識は現実界を、希望は幻想界を対象とする、そして行為は両者の中間にあって現実を幻想に媒介する役目を果すものだという。云うまでもなくこの行為を論じるものが倫理学だというのであって、その第一の根本問題は何を為すべきかであり、その第二の根本問題は何が生活の価値であるかだ、云々というのである。
理論は精密で根柢的で統一的であらしめるための科学論乃至科学方法論は、従来極めて非歴史的な観点によって導かれるのを常とした。と云うのは、諸科学は夫々の発生発達の歴史的条件を顧ることなしに、単純に合理的に、排列され秩序づけられるのを常とした。この点ここでも亦例外ではない。倫理学はその歴史的な動機との関係などに拘らずに、単に人間生活の三段階の一つを対象とするなどという風に、一般的に[#「一般的に」に傍点]決定されて了っているわけだ。この人間生活[#「人間生活」に傍点]という観念自身が持っているドイツ観念論的な抽象性と皮相味とは今論外としても、倫理学なるものがイギリスのブルジョアジー(及び資本制下に於ける貴族地主達
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