一般に道徳が社会意識と不離な関係にあるらしいことを、私はこの本の初めの方で述べた。道徳が社会の汗か脂のようなものだとも云った。従って道徳は常に社会的[#「社会的」に傍点]なのである。併し又本当に個人[#「個人」に傍点]が考えられていない処に道徳というものもあり得る筈はない。社会意識は個人が社会に対して持つ意識か、それでなければ社会という主体が持つと譬えられた意識のことだが、社会という主体が統一的な意識を有てるかのように仮定するマクドゥーガル的なGroup mindの観念も、社会に於ける個人が有つ個人的な意識の社会的総和という風に理解しない限り、心理学者のフィクションに過ぎぬものとなるだろう。社会意識たる道徳意識も、だからこうした個人意識としての道徳意識の総和であるか、それとも個人が社会に対して有つ道徳の自意識に他ならぬ。――いずれにしても道徳は、社会[#「社会」に傍点]と個人[#「個人」に傍点]との関係に於てしか成り立たないことを見るべきだ。
社会科学的道徳観念の科学的高さをなす所以の一つは、道徳が社会と個人との関係に於て初めて成り立つものであって、単に個人自身の内で成り立ち得る
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