ラルとは何か身辺のアトモスフェヤとか、特定内容から切り離された抽象された生活感情とかいうものであって、生産機構に発して産業や経済生活や政治活動やを踏み分けて通った処の、社会そのものの脱汗の粒々たる結晶としての生活意識とは、おのずから別なのである。つまりモラルは多くの文学者にとっては、個人身辺のものであって決して社会的なものなどではない。
 吾々は、処で道徳に関する文学的観念たるモラルのこの観念から、こうした文学者的な皮相さを除り去らねばならぬ。もしそうしなければ、モラルは主観的道徳感情とか個人道徳とかいうものになって了って、例の倫理学が眼の前に置いて考えていたような道徳の、而もごく不体裁な模造品にすぎぬものとならざるを得まい。夫ならば社会科学によって、すでに解決と解消とを完了された処のものに過ぎない。今更モラルでもないわけである。

 で吾々にとってまず第一に必要なのは、モラルという文学的観念を、どうやったならば科学的[#「科学的」に傍点]な道徳(モラル)観念にまで、洗練出来るかに答えることだ。そのために社会科学的道徳観念とこの文学道徳観念との、相違点をもう少し考えて見なければならぬ。
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