[#「ブルジョア道徳」に傍点](そこからブルジョア通俗常識的道徳観念やブルジョア倫理学的道徳観念も生じたのである)と所謂プロレタリア道徳[#「プロレタリア道徳」に傍点]との対立が起こる。道徳の闘争がそこに横たわる。旧道徳は歴史的必然の理法によって、新道徳に道を譲らざるを得なくなる。勝利する道徳が新道徳[#「新道徳」に傍点]となる。そしてこの推移の過程の内に、多くの道徳的混乱やアナーキーが、道徳的犠牲の様々が、織り出されるのである。――こういう根本的な而も眼前の事実を認めまいとするために、恰も倫理学というブルジョア理論が、今日存在理由を有っているのである。
 この道徳の歴史的推移、旧道徳の殆んど完全なる根絶、全く新しい、否同じく道徳という言葉を以て云い表わしていいかどうか判らない程に新しい道徳の漸次的形成と定着、こうしたものの生きた実例を吾々の眼の前に見せているものが、ソヴェート・ロシアの最近の事情だろうと思う。今までブルジョア諸国に於て道徳自体の問題としては解くことが絶対に絶望だと思われたような問題が、社会科学的に次第に根本的に解かれつつあるのである。特に宿命的に考えられる道徳問題は性
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