の手記を書いたとか何とかいうのではない。彼女は自分でも思わないような心にもないことを考えそうな事情におかれているわけだから、大いにそういう嘘を書く必然性を持っているのだ。即ちその意味で彼女の書いたといわれる手記は決して嘘偽りではないと考えて見当違いではない。だが恐らく刑事的に嘘ではないが、文学的には全く嘘だ、と私はいいたいのである。――尤も一寸ばかり新聞に載ったことを元にして、こんなことを兎や角いっても無意味だといわれるかも知れないが、しかし私の問題は、抑々世間の常識をあて込んでいる新聞そのものにそういう載り方をするということ自身にあるのである。その報道が本当でも、間違っていても今の問題の例としては構わないのだ。
こういう常識の嘘は最近特に新聞紙上に目立つのである。というのはセンセーショナルな社会事象が発生する毎に、常識はショックを受けて、その常識的にまことしやかな嘘を放射するのである。他の例としては若妻殺しの夫の問題だが、これも自分が過失で殺したのを犯罪学的に外部から侵入者の行為と見せかけたものだと仮定すれば、恐らく却って常識的[#「常識的」に傍点]に理解出来るだろうことを(真相は
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