しいことのようだ。これは単に文壇の問題ではない、文学そのものの問題だ、いや文学だけの問題ではない、広く思想・文化・社会生活そのものの根本問題だ。
 だがそれにしては、モラル問題はその割に一向真正面から論究されていないというような気がしてならない。この頃の文芸時評や作品批評や文芸座談会では大抵この関心にどこかで触れている。だがモラルとは何であるかに就いて、モラルという言葉の振りまわし以外に、何等常識以上のものがないようだ。一つ二つその場限りの鋭い観察も、線香花火のようにひらめくだけで、殆んど理論的な蓄積を齎してはいない。
 これは文芸の世界に於てばかりではなく、哲学の領域に於ても大して変りがない。変りがないどころではなく、哲学の世界などではモラルというものの問題が今日有っている意味に就いて、一般には殆んど何の感覚も持っていないらしい。モラルや道徳は倫理学か道徳学の課題だと考えているらしい。そうなると之は古い寝ぼけた題材にしか過ぎないというわけだ。哲学は独りモラルに就いてとは限らぬが、時代が見出した根本観念をば、理論的カテゴリーとして使用に耐えるように仕上げることを、何より大事な役目とする
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