だがそんな手間をかけるくらいならば、私はジカに自然か街頭に接触した方がよいので、何もわざわざ本を買って小説を読む義務も必要もない筈だ。風俗の描写[#「描写」に傍点]は現実の風俗よりもモラルの濃度が高い筈で、その濃度さえ高ければ鑑賞に無理な故意などは無用な筈だ。専門の作家にとっては色々の職業的教訓は含まれているかも知れない。谷崎潤一郎の猫の咄などは、確かに奇術的リアリティーがあって芸談には値いしよう。――だが一体読者は、人間の思想を殆んど眼に見えては促進しないような、或いは促進の条件を与えてくれないような、作品に対して、一々敬意を払う代りに、断固として退屈するだけの権利を持たないものだろうか。
私は何等かの所謂「イデオロギー」に照し合わせてとや角いっているのではない。私という一人のごく平凡な読者が喜べるか喜べないかをいっているのだ。そしてその際私よりもすぐれた非凡な読者ならば喜べるだろうというような推定も出来兼ねるというのである。もし私が誤っているなら、恐らくそこには何か約束[#「約束」に傍点]みたいなものが横たわっているのだろう。この約束は恐らく人間的教養や官能的な訓練とは無関係な約
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