この哲学は日本に一時方法論全盛期を画したのであったが、その観念論らしい欠陥の一つは、夫が極めて形式主義的な観点を採っていたことで、往々にしてその内容が空疎となることを免れなかった。つまり科学の方法論として役立つにはあまりに無内容な方法論だということに、段々人々が気づいて来たのである。この哲学の原産地であるドイツでも亦、この点は段々に教養ある人々の不満を買うようになっていたのである。そこで之に代るものとして日本のアカデミー哲学を風靡するように見えたものは、すでにドイツに於て重要性を認められていたフッセルルの『現象学』であった。之も亦若い社会学者や心理学者や法律学者によって相当思想の技術として利用されたということを見落してはならない。だがここでも亦ブルジョア観念論らしい根本欠陥は初めから見え透いていた。事物を意識の面にまで還元した上で論じようとするこの哲学法の態度が根本的に疑問であったばかりでなく、事物をその現象に於てのみ捉えて、その構成的な本質を見ようとしないのは所謂現象主義という経験主義の一種なのであった。尤もこの現象学なるものは、経験的なものをスッカリ除外する結果、先験的だとも本質的
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