ジョア日常社会の思想とは縁を絶たれていると云ってもよい。にも拘らず、こうしたブルジョア常識界でも矢張り間接にはアカデミー哲学の余波によって動くのだから、二つのものの間に間隙はいつも眼立って不規則に見えるわけなのである。
 日本のアカデミーの哲学者の内には、純然たる文献学者も少なくない。と云うのは、哲学的古文書の解釈を仕事としている者が少なくない。無論之は哲学にとって大切な専門的な仕事だが、併し之は少なくとも直接思想を正面から問題にするのではないから、今は論外としよう(但し哲学的古文書を研究するような顔をして、私かに思想の問題に口を容れようとする観念論的似而非哲学者に油断は出来ないが)。日本にはヨーロッパ・アメリカに行なわれた哲学が凡て一応は輸入紹介されている。そしてそのどれかの一哲学の相当忠実な信奉者は探せばいつもいないことはない。併し世界大戦直後の頃、最も有力なものとして現われたのは、カント主義又は新カント主義であった。なぜその時になって有力になったと称するかと云えば、その時期になって初めて、この哲学学派が経済学や法律学・自然科学・の領域に或る種の実を結ぼうとし始めたからである。
 
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