被覆する点に於て複雑化したことは、特に今日の観念論の特色をなす。今日の観念論は極めて高度の発達をしているから、心理学的な意識や精神、自然科学的な自然や物質、を直接の問題としない。例えば自然と云われるものはもはや自然科学で取り扱っている自然ではない、そういう自然は本当の自然のほんの常識的な一部分に過ぎない。本当の自然はその内に客体と主体との対立の統一を含んでいる。その意味から云うと自然の内には精神が含まれている。否精神と自然とが対立し乍ら一つに統一されることによって、初めて自然も精神もあり得るのだ、云々と云う。この際の精神なるものは無論心や観念のことではなくて、かの形而下的でない、超物理的な、自然の対立物としての或るものなのだ、という具合にである。
 用いられるカテゴリーがこのように形而下的で日常的なものから、形而上的な形而上学的なものにまで変質するのが、今日の観念論の一つの共通な特色である。尤もこの際如何に形而上的なカテゴリーが事物の関係を説明するにしても、その説明が説明される事象自身にピッタリ要点々々で当っているなら、その結果は決して形而上的だとは云われない。処が観念論の特色は、そう
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