三[#「三」はゴシック体]
類似宗教台頭の原因の一つを、現代思想の混迷に帰せようとする内務・文部案もまた、間違ってはいない。だが一体今日の思想は混迷しているのだろうか。マルクス主義乃至唯物論の側に立つ思想も、勿論今は絶対的安定を得ているなどということは出来ないが、しかし結局においてハッキリとした見透しを持っているわけで、混迷などとは似ても似つかぬ事態の下にあることを、思い出さねばならぬ。混迷している思想というのは、ある特別な思想に限るのである。
思想の混迷とかいうものはどういう時に発生するか。既成思想の崩壊に当って、これに代るべき新しい生きた思想が、与えられない時だ。あるいは与えられたように思われても、その与えられたのが輪郭[#「輪郭」は底本では「輸郭」と誤記]の潔くない、その意味で不潔な、尤もそうなまた尤もらしからぬ、不信用な観念である時である。そして特に、当然行くべき思想段階に行きつこうとして、しかもそれを強力的に妨げられる時、思想は最もいちじるしく混迷し腐敗するものなのだ。
だから思想の混迷を矯正するといって、思想を強制的に統制[#「統制」に傍点]しようとし始めたり
前へ
次へ
全451ページ中393ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング