理由があるのである。この風俗的魅力とは思想における最も抽象的な共通物のことであって、丁度猥談が最も抽象的で共通な論議であるようなものだ。軍人や学者や政治家や実業家という偉い人達が、類似宗教に投じる所以であって、その際インテリの既成宗教についての教養などは、問題にならぬのである。――小僧をもっとよく働かせる手段として「ひとのみち」の類を信仰するのだ、という風にばかりは私は考えない。もっと親切な(?)見方が必要のようだ。
 さて新興類似宗教のこの特殊な風俗的魅力は何だろうか。つまり何だって見識のありそうな人までがこういう無知なグロテスクなものに熱中しなければならぬか、ということである。内務省と文部省との意見が一致した処によると、そこには大体四つのものがあるそうである。第一、既成宗教が無気力であること。第二、大衆の生活不安と思想混迷。第三、医療制度の不徹底。第四、宗教復興・精神作興・の声の利用。というのである。
 当らずとも遠からずの説明ではあるが、しかしこれをどういう風に理解するかで、見解は全く別なものにもなるのである。既成宗教が無気力であるために類似宗教が勃興して来たというのは本当だが、
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